笹藪の1日(上信国境矢沢峠) 2009 年 11 月 10 日
サイクリングサボっていてすいません。今回もサイクリングしませんで、久しぶりの山歩きです。
11月の山サイ研の集中ランは上信国境の「矢沢峠」11月7日午後0時集中と言うことで行われました。国境の峠とはいえマイナーとはこの峠のことといえるほどあらゆる面で忘れ去られている峠です。しかし我が山サイ研から見ればこれこそが本領発揮のツーリング気分満点の峠となるのです。
私は今回は県境尾根を歩きたいので条件的、体力的に不安があり自転車抜きの山旅です。大上峠に自動車をデポして県境尾根を矢沢峠を目指し辿ることにいたしました。事前に得られた情報からはかなりしんどい笹藪の連続と覚悟しておりましたが、実際その通りでして、2m以上のびた笹藪の底を僅かな切り開きというか踏み跡を頼りに左右の手で笹をがっしりと掴みながら懸命に登坂するのみでした。(全行程の7割は藪漕ぎね!)
広小屋山東の方に登りつき綺麗な雑木の尾根を西に向かい「広小屋山」三角点に到着。三角点の石標以外は一切の人工物のない山頂は、貴重な静けさ。小春日和の日溜まりで霞んだ遠望する山々が愛おしい。大休止、お昼寝タイムで山に来て幸せと感じる一時でした。
ルートファインディングを繰り返しながら矢沢峠に下降していく。笹との格闘は相変わらずだが下りなので先ほどよりはましです。峠方向から人間どもが歓談する声が聞こえます。先着した仲間の声に違いなくルートを外してないことを確信して安堵する。間もなく峠着。矢沢集落から古来の峠道を辿ってきた仲間が、数名寛いでいて笑顔で出迎えてくれた。当然私も満面の笑み。
やがて、余地峠方面の尾根筋や矢沢からの峠道から次々とメンバーが到着。結果12名が集中。このようなところに12人のホモサピエンスと11台の自転車が集まったことは歴史的なことと思うが誰も何のコッチャ分からんかな。
さて下り。上州側の峠道を辿ります。進行方向左手へと巻いていく道は確かに存在します。国土地理院の地図とはだいぶ違うルートです。(峠の位置もGPSデータからすると地形図よりやや北になります。)山歩き関係の情報では「矢沢峠群馬側」は「道はない」とする情報が多いようですが、この峠道については「道はない」というのは「執念がない」ということです。執念深く拘りを持って深く手強い笹と格闘し会話できれば道はあるのです。事実この日我々山サイ研メンバーは8割方大上林道までの旧道のトレースを貫徹しました。笹藪の底に埋もれ、沢筋に僅かに残る旧道は、それを辿ろうとするものにのみ姿を見せるのです。(空身のくせに偉そうに言うな!)
下山後の下仁田での打ち上げも楽しく、しばらく燻っていた小生にとって刺激的な一日でした。
「千里」の道をラーメン食べに 2009 年 3 月 6 日
前に「足利は蕎麦の町」と書きましたが、東隣の栃木県佐野市は昔からラーメンが名物でした。かつての東京のお金持ちが銀座浅草あたりで飲んで上がりにタクシーを飛ばして佐野ラーメンで締めくくるのが粋とされたなんて話もあります。佐野ラーメンは鹹水を使わない手打ちが主流で醤油味あっさり系のラーメンです。初めての方は「これがラーメン?ちょっと饂飩ぽくない?」との感想を持たれるかもしれないす。
「佐野ラーメンマップ」なども配布されてますが、今日行く「千里」はそのたぐいの観光情報には載ってません。地元のリピーターだけで混み合う小さな店です。かつては隣の藤岡町にあったのですが、数年前に佐野市飯田町に引っ越してきました。「千里のラーメン」が無性に食べたくなりサイクリングで出かけました。
いつものライジンクロスで2月28日(土曜日)10時半頃のお出かけでした。梅田から老越路峠を登り飛駒の里へ立ち寄ります。冬というには遅すぎ春と呼ぶにはいかにも早いこの季節、まあまあの天気です。園地のベンチで持参の薩摩芋ジュースちびちびしながら優美な一時ですね。
彦間川添いの道を快走し、佐野市街を西北から南東へ抜けすごい交通量のR50バイパスを横切り田園地帯の一角にある「千里」へ到着です。幸いカウンターがあいていましたのでラーメンと餃子にすぐにありつけました。「うぅぅ、、美味い、、」1年ぶりくらいのなんで更においしさアップに感じました。皆様、行く価値ありですよ。
さてお帰りは渡良瀬サイクリングロード。ある程度土地勘があるので田んぼ道をくねくね渡良瀬川の土手まで行ってサイクリングロードに入りました。やや追い風で気持ちよく自宅まで走れました。
西上州「大桁山」 2008 年 12 月 9 日
12月7日(日曜日)は山サイ研の集中ランが西上州は下仁田北部に在る「大桁山(835.9m)」13時集合で行われました。ここのところ山サイ研の集中ランは一部会員の悪行のためか(お前だろ)雨に祟られることが多かったのですが、この日はピーカン。寒さと季節風が心配でしたがそれも杞憂だったようです。JR松井田7:53着で輪行。8時15分頃旅たちです。今日は山道部分もあるようですがライジンクロスで来てしまいました。深い考えはありません。
時間には余裕があるようなので妙義山の「中之岳神社」までヒルクライムの寄り道をすることにしました。観光の季節が終わり冬枯れの道は追い越していく自動車も数分に1台程度で適度な勾配と相まって楽しく登れます。妙義山に来るなんて子供たちがちっちゃい頃でもう20数年ぶりになるのかなぁ。。あのときは(亡)親父も(亡)お袋も一緒だったな。ちょっと感傷に浸りました。登り着いた「中之岳神社」には金色に輝く高さ20mの「大黒天像」。氏子さんたちの勧進だそうですが周囲に「ムワァ~ムワァ~ムワァ~!」と違和感を漂わせております。一応拝みました。駐車場からの展望は見事で荒船山から八風山あたりの高原的な開放的な山並みは美しいです。大島亮吉の著作を思い出しました。
下りの寒さに備えゴアの雨具を来て下仁田側のダウンヒルです。つま先と手に指が冷たいな。年と共に段々末端が冷えに弱くなってきている。杉の木峠からの県道を合わせて一くだりで「虻田」。ここには「大桁山」を示す道標があります。急坂を踏ん張っていくと大きな採石場に行き当たります。本当はここで左へ荒れ荒れの林道にはいるのですが(実は道標もあった)地図もろくに見ないで何も考えないどっかの国の首*みたいな「バカヤローモード」になっていた私はあろう事かそのまま日曜日で無人の採石場の中を「ズンズン」と登っていてしまったのです。大型の土木機械などを感心しながら見物して振り返れば当然草木もない採石場ですから展望抜群。ヤッホオ〜!!標高差200mちかく登ったところで崖っぷちに道は途絶えてやっと事態を認識。バカだね。採石場入り口までカムバックじゃ。ちゃんと道標あるでねぇの。あとは一本道。荒れ気味の林道を押しの一手で行きハイキング道に入ればまもなく大桁山山頂です。
大晴天、大展望の山頂は山サイ研のメンバーがもう7人ほどいいご機嫌で昼の宴に興じてまして、ハイキングのグループの何組かで大にぎわいでした。この山頂はもちろん山々の展望も見事なのですが、平野の端に屹立している山なので関東平野北部の遠望が楽しいのです。夜景はすごいだろうなと思わせます。私のあとからも二人ほどメンバーが到着し総勢10人が集中しました。何組かに分かれてそれぞれ下仁田の町に下っていきます。今日の楽しみには下仁田の「東陽軒」というレトロな感じの中華屋で美味しい餃子でビールを飲むことにもあったのです。私はサイクリングよりそっちがメインであります。ところが臨時休業!!ナンタルチア!H会長が走ります。それで「きよしや」を発見。取り敢えずここで「我慢」しましょうとの「乗り」でしたがトンカツが得意のようなこの店は一癖ありました。「煮かつ」が絶品!ロースカツをソースで似たものですがこれは旨い。次から次へ追加注文の声が響きます。
ビールもはかどりいい気持ち、楽しいな。勢いの中
でK田さんが強制入会させられてしまいました。K田さん、私とY田さんとで YGK(山サイ研群馬県人会)を結成しませう。(^^) 楽しい時間ほど短く感じられるもの、ほの暗くなった下仁田駅から輪行で帰りました。乗り換えの高崎駅の喧噪がさっきまで仲間と自然の中にいたことが夢であったかのように感じさせます。
十石峠 2008 年 1 月 2 日
旅先で朝を迎えるのはいいもんだ。目が覚め見慣れない天井の模様などに自分が誰でどこにいるのか理解するのに一瞬の間がある。(加齢による惚け症状なんだよ)朝食を済ませ旅支度をして外に出る。
氷点下5度など気温を測っているものもいます。でも無風快晴でまずまずのコンディション。途中の神社で初詣も済ませ武州街道をゆっくりと上州目指して進ん
でいきます。古谷ダムを過ぎ抜井川を左岸に渡れば路面は雪に覆われます。凍結した路面に昨夜の雪が数センチ積もった状態で乗車して行くに問題はありませ
ん。毎年1月2日にこの峠を越えるのはもう何回目でしょうか。マンネリといえばマンネリですが、すばらしいマンネリです。続く限り続けたいですね。
この晩は上野村野栗沢のすりばち荘泊まり。家族連れのメンバーも加え「新年会」は楽しかったです。

余地峠を越える 2008 年 1 月 1 日
毎年の正月を西上州で過ごすのが恒例です。K氏を中心にして今
回が30回目の正月ランです。30回とは当たり前ですが30年続いているということです。継続は力なりといいますがたいしたものです。私は中抜けもありま
すが5回目当たりから参加しているようです。年取るわけです。初めの頃は4泊5泊してどん欲に道の峠道漁りをしたものです。しかし最近は古い友達と会って
一献傾けるのが楽しみで出かけていく面が大きいようです。年に一回このときにしかお会いできない方もおります。大晦日は珍しく家族4人が勢揃いして年を越
しました。お父さんはうれしくて少々の見過ぎて新年早々元旦から朝寝坊で、起きたときには病院勤めの次女は当直とかですでに出勤した後でした。
愛車レガシーワゴンに今回はルイガノMTBを積んで出発。南牧村の民宿「おかしら」を目指します。この宿には前夜仲間が何人か泊まって年を越してい
ます。庭先に車をデポさせていただき、山支度に服装靴を整えます。今晩は佐久の羽黒下駅前の旅館、羽黒館に宿泊ですのでいずれのルートを取るにしても上信
国境を越えねばなりません。ここからだと田口峠、大上峠、余地峠などが候補に挙がります。このうち田口峠は最近走りましたし、大上峠ではちょっと物足りな
いので、余地峠越えと決めましたが、問題は林道経由か旧道経由かです。ま、行ってみて考えましょ。昨年の台風9号の爪痕がこの地域にどんな影響があったの
かで旧道が通れない可能性もあります。
この日は強い冬型の気圧配置で寒いのですが薄日の差す中11時15分頃の旅立ちになりました。砥沢、勧能など山里の間をのんびりと走り抜け、この谷
最奥の集落「熊倉」に上りついたのはもう12時をまわっていました。大上峠、余地峠への林道を左に見送って沢沿いに直進して余地峠旧道に入ります。かって
は自動車もかなり奥まで入れたのですが、初っぱなから崩れたところがあり、自動車はもう全然入れません。「荒れたなぁ」というのが感想です。ここに来るの
は10年ぶり5回目のことです。
「象
が滝」の分岐を見送りしばらく行くと道標があり、旧道は右手に上っていきます。ここからは沢から徐々に離れ、いかにも旧道とうムードになってきました。杉
林を抜け馬頭尊の石碑の前で一服し遅い昼食としました。この辺から雪がちらちら落ちてきました。塹壕状の旧道はちっとも傷んでいませんでした。廻りの木々
が生長しやや暗いイメージになりましたが、やはりいい感じ。薄雪を踏み踏みMTBを担ぎ上げます。最後に間伐した檜がばたばた倒れ行く手を塞がれました
が、2〜300m位で林道と合流でき一安心となりました。
林道にはいると靴跡が二人分、自転車を押した轍が1台分。林道が結構雪が多いので、おひとかたは担いだ方が楽との判断でありましょう。「おかしら」
から選考している仲間のものに違いはありません。私も初めは「押し」でしたが登るに従い腕力に負担がかかるようになり雪の林道を担いで淡々と歩きます。馬
頭尊を横にみて林道終点近くから左に入り峠を目指しますがこの辺から降雪と共に風も強くなってきました。崩壊地を乗り越えて一登りで峠に着きました。石仏
や石塔が如何にも古い峠の印象です。しかし吹雪となってきた空模様にのんびりとはできません。手袋をゴアテックスのものに変えフードをかぶり下山開始。
荒
れた林道を慎重に下ります。単独行で吹雪の中、落車事故だけはごめんです。ダムより舗装路となり路面の雪もまばらになりほっとしました。懐かしい「峠の
湯」を右にみて後は今宵の宿を目指して雪道をひた走りました。午後4時ちょうど羽黒館に投宿。今年は皆到着が早く、懐かしい顔がそろってました。この日は
8人が泊まり楽しい語り合いが続きましたが私は例によって「過飲により沈没」





